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■Chapter 2
「つーわけでですね、シノってば思いがけずフラグを立てる神なんスよ!」
仕事終りのバックヤードで、ルチルはめずらしく熱く語っていた。
「それのどこがフラグなの?」
「もう! チーフ! そんな疎いと一生結婚できませんよ!」
「うっ……、本気でへこむよ……ルチルくん……」
「だからですねえ、いっつも元気な女の子が、浴衣着てちょっぴり大人しくなったのを真正面から褒めて、その上その子のために一番かわいい金魚を掬ってやるとかいう恥ずかしいことを涼しい顔でやれるなんて、さあ俺を好きになれ!って言っているようなもんだと思うんですよ!」
「あ、なるほど。って、ちょっとルチルくん近いよ。落ち付いて」
昼間、シノに聞いた話がよっぽど衝撃的だったのか、興奮しっぱなしのルチルに心底呆れた様子でユヅが口を開いた。
「ったく、余裕がない男はモテないよー」
「僕も、そんな嫉妬に狂ったルチル先輩みたくないです」
「男が慌てふためく様って、ほーんと興ざめだよねっ!」
たたみかけるようにメグやアゲハにすら呆れられ、ルチルはしょんぼりと肩を落とした。
「だってさー、俺だってそういうすてきな夏の思い出欲しかったんだもん〜」
「人は人! お前はお前だ!」
言いつつ、ユヅはばしっとルチルの背中を叩いた。
ルチルは、シノの話を聞いて、あれ、自分とはなんか違うな、と思ったらしい。
たぶんシノは無意識の行動なのだろうが、自分の無意識とはなにかが違う。
モテる男の匂いがする……。
ルチルはこれまで、顔についてはさんざん褒められてきたが、なまじ顔がいいだけに中身を知られたときの引かれっぷりはすさまじいものがあった。
自分では自然に振舞っているつもりなのに、どうにも女の子受けはよろしくない。
じゃあ、と思って自分なりに女の子受けよさそうに振舞ってみても、なにやらずれているらしく、まったく結果が芳しくない。
仕事に熱中しているときはなんてことなかったが、同僚のすてきなお話を聞いて、自分もそういう甘酸っぱい思いとか、そろそろしたい……と思ったらしい。
その短絡的思考に、ルチル以外のメンバーは一瞬閉口してしまったが、ルチルは真剣そのもの。いつの間にか、ルチルのお悩み相談会が始まっていた。
「じゃあみなさんに伺います。俺のいいとこってどこ? はい、メグから順番にどうぞ!」
「えーと、顔」
「それ以外でっ!!」
「えっと、うーん、純粋なところ……でしょうか」
「誰にでも親切なところだと思う」
「ルチルくんは、すごく真面目だから、見た目とギャップがあっていいよね」
「俺様の特訓にくらいついてくる熱いパッションを秘めているところ!」
「気が小さい」
「ユヅてめえええええ!!!」
「ほんとルチルは単細胞だね、気が小さいから細やかなフォローができるって言いたかったの。そのくらい悟れよ」
「あ、なんだそうか、俺細やかか〜、そっかあ〜」
「まあビビりだってことに変わりはないんだけどね」
ルチルの長所を上げてみると、モテていてもおかしくないところが多々ある。
にもかかわらず日照り状態というのにはなにか理由があるのだろうか?
「不思議です。ルチル先輩、こんなにいい人なのに、なぜ浮いた話のひとつもないんでしょう……」
メグが真面目な顔で疑問をもらす。ルチルは正直いたたまれなかった。相談をしているはずの彼に逆に同情されてしまった……。そもそもの発端はメグのかわいい恋愛相談だったはずなのに、こだわってしまった自分が恥ずかしくもある。
「では、シミュレーションしてみたらどうだろうか?」
「シミュレーション? なんのですか?」
「女性に対する基本的な行動パターンを知れば、修正すべき点が見えてくるはずだ」
「それはいいですね! 僕もぜひやってみたいです!」
「お? じゃあ俺様もひとつモテモテ黄金パターンってやつを披露してやるぜ!」
尻ごみしはじめたルチルをよそに、場の雰囲気は盛り上がってきてしまったようだ。
観念したルチルも話の輪に加わり、シミュレーションというやつをしてみた。
与えられたお題は、『合コンして気に入った子をどうやってデートに誘うか』
思いのほか実践要素の強いお題に、メグなんかは目を白黒させていた。
「じゃあ、まずはメグからね」
「え、えっとー、そうですね……相手の趣味とか聞いて……興味ありそうなところに誘ったり……ですかね」
「模範解答だね。まあ、成功率高いと思うよ」
「そうだな、相手を尊重できていて、いいと思う」
「はいはい! 俺様は俺様による俺様の為のおすすめデートコースに誘う!!」
「却下」
「生意気なこと言って申し訳ないんですが、アゲハ先輩自分勝手だと思います」
「Oh……俺の高性能人工AIをもってしてもだめなのか? 恐るべし人間の女」
メグ、アゲハに続き、美尾やシノ、ユヅが続けて答えたが、こちらは流石としか言いようのない洗練された答えで、メグはあと数年で自分はそこに到達できるのか、心底不安になっていた。
一方ルチルも、自分の撒いた種とはいえ、ここまで終業後のバックヤードを盛り上げてしまったことを後悔せずにはいられない。
なぜなら、これはまさに公開処刑。
ただでさえずれているとお墨付きを頂いているのだ。その上またずれた発言を重ねようものなら、後輩からは『先輩たよりない』とがっかりされ、同僚からは嘲笑され、上司からは同情のこもった微笑をもらうことだろう…
***
とくに怖いのは猫耳つけたあいつだ。
日ごろから容赦なく自分を谷底に突き落とすあいつ。
俺の眉が下がる顔を見るのが快感なのだろう。とんだドエスだ。
俺の発言をいまかいまかと待ち受け、またも俺をどん底に突き落とすつもりなのだろう。
「さあて、トリはルチルだよ。君のための話し合いなんだから、ちゃん答えなよね」
ルチルはユヅの言葉に震えた。
こいつは俺を陥れようとしている!!
絶対、絶対模範解答をしなければ……!!
そう思うえば思うほど思考が定まらない。こんなことなら恋愛指南書の一冊でも読んでおけばよかった。ぐるぐる回る頭を抱えつつ、声を絞り出す。
「ご、合コンに来たくて来た子じゃないかもしれないから、まずどういう経緯でこの場に来たのか聞くっ……!」
おそるおそる目をあけて周りを見てみると、一同ぽかんとしていた。
「そ、そこからか……?」
おお、どもるシノなんてめずらしい。
「ルチルン、これってたとえ話だしぃ、そこを突くのは野暮だと思うわけヨ……」
こんなに覇気のないアゲハは初めてだ。いつもそのくらいおとなしくあれ。
「いまどき高校生でもそんなこという子いないと思います……」
高校生に負けたのか俺は。
「う、うーん……」
予想どおり同情のこもった微笑ありがとうございますチーフ。
さあ、くるならこい、ユヅ!
俺はお前に罵倒されることにかけてはアニ・コン一耐性がある!
まあ今夜泣くかもしれないが、このみんなの反応で、お前から蔑まれるであろうことは確実だ!
「そういうとこが、ルチルのいいところなんじゃないの?」
「え?」
「ずれてるとは思うけどね、他の人が気付かないようなところに気付けるっていうのは、いいことなんじゃない?」
「ほ、褒められてるのか? 俺」
「接客業してるんなら利点だと思うよ。いじけてないでちょっとは自信もちなよ。お前のそういうところわかってくれる子探せばいいでしょ」
…え?
えええええーーーーーーーーーーー!?
ユヅが俺の事を…褒めた…
信じられないけど…めちゃくちゃ嬉しい!!
「ありがとー……ユヅは俺のことわかってくれてるのな……」
「そういうこと言われるといじめたくなるんだけど、いい?」
「調子のってすいません」
「あー、まったく、ルチルのでいで無駄な時間を過ごしたよ!」
そう怒りながら帰り支度を始めたユヅの耳がちょっとだけ赤い。
俺は、ますます嬉しくなって顔がニヤけそうになるから、慌てて唇を噛む。
いい仲間がいて自分は幸せだ。
すてきな恋はもう少し後に取っておいて、今はこの仲間たちと一緒に、お客様の笑顔をたくさん作りだすことに力を注ごうと思うのだった。
おわり
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